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国産ボーンシェイカー 明治10年
国産ボーンシェーカーは、明治10年頃に製造されたものと伝えられている。 外国のミショー型自転車は、一般的に前輪が36インチに、後輪が30インチであるが、この自転車は全体的に小振りである。 恐らく鍛冶職人が、初心者用か日本人の体格にあわせて作ったものと思われる。 フレームを除きほとんどが木で作られている。 |
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わが国で初めて試作した自転車 明治23年
明治23年(1890) 宮田製銃所(現宮田工業株式会社)でつくられた自転車試作第1号。 |
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サイドカー付き自転車 大正4年
サイドカーの製造は、リヤカーに先駆けて大正4年頃神田錦町の松尾氏と中村銀治氏の 共同作業により開始されたといわれている。 サイドカーはリヤカーほどには普及しなかっ たが、長尺の材木、竹、鋼材などの運搬に適しており、昭和30年代まで使われた。 |
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富士覇王号 昭和3年
昭和初期に製造された日米商店の高級自転車。 昭和3年頃は、「ラーヂ覇王号」と 呼ばれ販売されたが、「ラーヂ」の商標を「富士」に変更。「富士覇王号」と命名した。このころ国内自転車保有台数は500万台を越す。 |
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前荷台運搬車 昭和6年
前荷台運搬車は昭和初期登場した。 昭和6年のカタログによると、米穀商、氷商、 酒類商、菓子商、行商用等重荷の運搬用に推奨するとあり、5大特徴として以下の点をあげている。 1.後荷異なり優に二百斤(120kg)の重荷も楽々詰める。 2.前荷なるが故に大抵の荷物は縄掛けする面倒がない。 3.重量品を積んだ場合、後荷のごとくハンドル操縦の安定を失うことがない。 4.体裁がよく頑丈で、激使にビクともしない。 5.後荷運搬車より軽い事数等なるは驚 異的特徴の一つである。 前荷運搬者は現在でも仙台市で根強く使われている。 |
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山口スポーツ用快走車 昭和11年
昭和11年頃には、4年後に開催予定だった 東京オリンピックに向けスポーツ熱が高まっており、各メーカーはこぞってスポーツ車の発売を始めた。 山口自転車のスポーツ車も斬新なフレームデザインが注目された。全体の特徴としては、細い2本の立てパイプと楕円形の上パイプがあげられ、部品ではカンティ ー・レバー・ブレーキ、ドイツ型リム、テリー型サドル等に特徴が見受けられる。 |
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三菱十字号 昭和20年
昭和20年(1945)戦後、三菱重工(株) 津工場が戦時中の軍需工場から民需工業への転換により開発した「三菱十字号」は、ジュラルミン製フレームの接合部をリベット打ちで留めている。 |
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パピー号折りたたみ自転車 昭和25年
折畳み自転車の発想は、軍事目的から始まったと言われる。 戦後は住宅スペースの関係とか、マイカーに積み込む関係などから自転車もコンパクト化され、最近では特に駐車スペースの問題で、いろいろな形の折畳み自転車が造られている。 この自転車は1950年(昭和25年)に志村精機が製作した折畳み車で、その後、片倉自転車(株)のボーターシルクに、折畳み機構が引き継がれた。 |
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電子フラッシャー付き自転車 昭和45年
1970年代に入り子供達の間で大流行した電子フラッシャー付き自転車は、それまでの自転車の必須アイテムだった10段変速機・ スピードメーター・フォグランプ等に加え、 それまでにない自転車の価値観を作った。 電子フラッシャーの光と音によって、右へ左へと方向を指示する自転車が子供達の心を魅了した。しかし、電池の消耗や交換の手間、 重量の問題等で人気も徐々に薄れ、その姿を消すことになった。 |